是枝裕和・西川美和監督が立ち上げた制作者集団「分福」が満を持して送り出す新人監督、広瀬奈々子。オリジナル脚本となる本作では、ごく普通の人々の人生を丹念に見つめながら、その奥にある複雑さ、人間の多面性を鋭く大胆な切り口で映し出す。公開に先駆けてのプレミア上映となった東京フィルメックスでは、その才能を高く評価され、見事スペシャル・メンションを受賞。韓国、ベラルーシ、アメリカ、フランス等各国の国際映画祭から招待が相次ぐなど、日本映画の新鋭として世界から熱い注目を集める存在だ。
地方の町で木工所を営む哲郎は、ある日河辺で倒れていた見知らぬ青年を助け、自宅で介抱する。「シンイチ」と名乗った青年に、わずかに動揺する哲郎。偶然にもそれは、哲郎の亡くなった息子と同じ名前だった。シンイチはそのまま哲郎の家に住み着き、彼が経営する木工所で働くようになる。木工所の家庭的な温かさに触れ、寡黙だったシンイチは徐々に心を開きはじめる。シンイチに父親のような感情を抱き始める哲郎。互いに何かを埋め合うように、ふたりは親子のような関係を築いていく。
だがその頃、彼らの周りで、数年前に町でおきた事件にまつわる噂が流れ始める──。
秘密を抱えた主人公シンイチを演じるのは、『ディストラクション・ベイビーズ』『銀魂』シリーズ等、作品ごとに変幻自在の演技を見せ、役者としてさらなる進化を遂げる柳楽優弥。是枝裕和監督作『誰も知らない』でカンヌ国際映画祭史上最年少の主演男優賞に輝き、衝撃のデビューを飾った柳楽優弥が、14年の時を経て是枝監督愛弟子の作品に主演する、まさに“運命の映画”が誕生した!哲郎役には、圧倒的存在感を放つ小林薫。ほかYOUNG DAIS、鈴木常吉、堀内敬子と実力派俳優がしっかりと脇を固める。
たったひとりのふたりが寄り添った、人生の逃避行。
昨日を終わりにするために、新しい夜明けを迎えるために─。
弱くて切実で、たまらなく愛おしい人間の営みが観る者の心を震わせる、新たな時代の傑作が登場した。
ある日の明け方。白み始めた空の下、橋の上で朦朧としながら花束を河に投げる、ひとりの青年(柳楽優弥)の姿があった―。その朝。釣りをするため河辺にやってきた哲郎(小林薫)は、水際に倒れていた青年を見つける。「おい、大丈夫か? おい!」衰弱している青年を、哲郎はそのまま軽トラに乗せて自宅で介抱した。
一人やもめの哲郎の家。布団に包まれて目覚めた青年は、自分が東京の渋谷から来たことを告げ、自らを「ヨシダシンイチ」と哲郎に名乗る。それ以上のことは喋りたがらないし、もう帰らなきゃ、と言いつつ、特に行く先のあてもないらしい。そんな謎めいた青年に妙な執着を覚えた哲郎は、自分が経営する木工所に連れて行った。
作業台や大きな機械が立ち並ぶ木工所。そこに従業員の男ふたり――若手の庄司(YOUNG DAIS)とベテランの米山(鈴木常吉)が出勤してくる。「あれっ、新人ですか?」見知らぬ青年の姿を目にして驚く従業員たち。「元気になったんだね。なんか困ったことがあったら声かけて」事情を聞いていた宏美(堀内敬子)という事務員の女性が、青年に優しく声をかける。彼女は哲郎との結婚を間近に控えた恋人。今は兼業農家として働きながら六歳の小さな娘(高木美嘉)と母親(芹川藍)と一緒に暮らしている。職場ごと家族のような温かい雰囲気の中、青年はなりゆきで「シンイチ」として哲郎の家で生活することになった。
まもなく哲郎は青年に、空いている二階の部屋を好きに使ってくれと申し出る。それは亡くなった哲郎の息子の部屋だった。宏美によると、8年前、哲郎の妻と息子は実家に帰る途中で交通事故に遭ってしまったらしい。音楽好きの部屋らしく、たくさんのCDに楽器や機材が並ぶ。綺麗に揃えられた衣服も。そして棚の上に飾られている国家試験の技能士資格には「涌井真一」と記されていた。そう、青年は偶然にも哲郎の息子と同じ「シンイチ」という名前を名乗っていたのだった。
徐々に木工の技術を覚え、周囲にも馴染んでいく青年。会話の中からは、彼の身の上や本音が少しずつ漏れ出してくる。大学を出ているが満足な就職口につけなかったこと。高校まではサッカー選手になりたかったこと。支配的な父親のいる家庭で育ち、優秀な兄ばかり期待されていたこと……。自分の家族のことを「茶番だ」と言う青年に対し、哲郎は自らのことを顧みるようにしみじみ語る。「親父らしくあろうとすればするほど失敗するんだよなあ……」哲郎は妻との折り合いが悪かったこと、木工所の仕事を継ぎたくないと言った息子の真一を殴ってしまったこと――もう取り返しのつかない家族との確執を深く後悔しているようだった。
こうして青年は自分の素性を明かさないまま、「シンイチ」としての暮らしをだんだん定着させていく。真一と同じ金髪に髪を染め、彼が残した服を着るなど、青年は哲郎の息子の代役を、自ら引き受けるような振る舞いを見せる。互いの心の空洞や欠損を埋め合うように、絆を深める哲郎とシンイチ。しかしこの日々は本当に続くのだろうか?
その頃、彼らの周りで、数年前に町で起きた事件にまつわる噂が流れ始める。
そして、青年が抱えている、ひとつの決定的な暗い秘密が明かされる―。
1990年3月26日生まれ。東京都出身。
『誰も知らない』(04年/監督:是枝裕和)にてカンヌ国際映画祭最優秀男優賞を史上最年少(当時14歳)で日本人初の受賞。以降『包帯クラブ』(07年/監督・堤幸彦)、『許されざる者』(13年/監督:李相日)、『クローズEXPLODE』(14年/監督:豊田利晃)、『最後の命』(14年/監督:松本准平)、『合葬』(15年/監督:小林達夫)、『銀魂』(17年/監督:福田雄一)などに出演。『ディストラクション・ベイビーズ』(16年/監督:真利子哲也)でキネマ旬報ベスト・テン主演男優賞、ヨコハマ映画祭主演男優賞を受賞。2012年、蜷川幸雄演出の舞台「海辺のカフカ」、14年には宮本亜門演出の舞台「金閣寺」で主演を務め、「アオイホノオ」(14年/テレビ東京)で連続ドラマ初主演。「ゆとりですがなにか」(16年/日本テレビ)、大河ドラマ「おんな城主 直虎」(17年/NHK)など活躍の場を広げる。最近の出演作に『銀魂2 掟は破るためにこそある』(18年/監督:福田雄一)、『響-HIBIKI-』(18年/監督:月川翔)、『散り椿』(18年/監督:木村大作)など。公開待機作に『泣くな赤鬼』(19年/監督:兼重淳)、『ザ・ファブル』(19年/監督:江口カン)がある。
1951年9月4日生まれ。京都府出身。
71年から80年まで、唐十郎主宰の状況劇場に所属。『はなれ瞽女おりん』(77年/監督:篠田正浩)で映画初出演。『十八歳、海へ』(79年/監督:藤田敏八)で報知映画賞新人賞を受賞。『恋文』(85年/監督:神代辰巳)と『それから』(85年/監督:森田芳光)で日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞し、『東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン~』(07年/監督:松岡錠司)で再度日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。2009年には主演を務めた「深夜食堂」(MBS)が人気を博してシリーズ化。松岡錠司監督による映画化『深夜食堂』(15年)『続・深夜食堂』(16年)にも展開した。テレビドラマも「ふぞろいの林檎たち」(83年/TBS)や大河ドラマ「おんな城主 直虎」(17年/NHK)など多数。アニメ映画『もののけ姫』(97年/監督:宮崎駿)など声優としても活躍。最近の映画出演作に『キセキ -あの日のソビト-』(17年/監督:兼重淳)、『海辺のリア』(17年/監督:小林政広)、『武曲 MUKOKU』(17年/監督:熊切和嘉)、『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(17年/監督:廣木隆一)、『泣き虫しょったんの奇跡』(18年/監督:豊田利晃)など。公開待機作に『ねことじいちゃん』(19年/監督:岩合光昭)がある。
1981年10月11日生まれ。北海道出身。
ヒップホップグループ、N.C.B.B.のメンバーとして2004年にメジャーデビュー。12年よりソロ・アーティストとして活躍しつつ、一般公募で抜擢された『TOKYO TRIBE』(14年/監督:園子温)で俳優デビューを果たす。以降の出演作に『日本で一番悪い奴ら』(16年/監督:白石和彌)、『闇金ウシジマくん ザ・ファイナル』(16年/監督:山口雅俊)、『アウトサイダー』(18年/ 監督:マーチン・サントフリート)などがある。
1954年11月24日生まれ。東京都出身。
89年、セメントミキサーズのヴォーカル/ギターとして伝説の番組「イカすバンド天国」(TBS)に出場。7代目イカ天キングに輝き注目を集める。90年にメジャーデビューするも、アルバム一枚を発表して解散。2006年にリリースした初ソロアルバム「ぜいご」の収録曲「思ひ出」が、09年にドラマ「深夜食堂」(TBS)のオープニング曲に使われて話題を呼ぶ。近年は俳優としても活躍し、主な出演作に『俳優 亀岡拓次』(16年/監督:横浜聡子)、『オーバー・フェンス』(16年/山下敦弘)などがある。
1971年5月27日生まれ。東京都出身。
劇団四季退団後、舞台・映画・テレビと幅広く活躍し、第15回読売演劇大賞女優賞、第33回菊田一夫演劇賞を受賞。『THE 有頂天ホテル』(06年/監督:三谷幸喜)で映画初出演。近年の主な出演作に『高台家の人々』(16年/監督:土方政人)、『疾風ロンド』(16年/監督:吉田照幸)、『永い言い訳』(16年/監督:西川美和)、『君と100回目の恋』(17年/監督:月川翔)、『嘘八百』(18年/監督:武正晴)、『羊と鋼の森』(18年/監督:橋本光二郎)などがある。
「ゴーイング マイ ホーム」(12年/関西テレビ・フジテレビ)、『そして父になる』(13年)、『海街diary』(15年)、『海よりもまだ深く』(16年)、西川美和監督『永い言い訳』(16年)に参加。本作が映画監督デビュー作となる。
社会に出て挫折した弱い人間を主人公にしよう。
そう決めたのは30歳を迎えた頃、20代の自分を振り返ったことがきっかけでした。
震災直後に盛んに謳われた絆や、家族愛の風潮に対して懐疑的に捉えながら、自立できない若者の不安定な一時期を切り取りました。他人に救いの手を差し伸べるというのは美談ではありますが、反面、優位な人間のエゴもどこかにあるのではないかと思います。また、その救いに依存する側にも、権力に媚びる卑しさや、自分を見失う危険をはらんでいます。そんなふうに敢えて残酷で皮肉な目線を加え、家族と師弟の美しい部分と、闇の部分の両面を見つめていきました。
歪んだ関係の中にある複雑な感情を紡いだ作品ですが、物語はとてもシンプルです。主人公のもどかしい道程を、どうか辛抱強く見守って下さい。
人と出会うことで救われ、人を乞うことで悩む。
誰にでもある不毛な時間を大切に描きました。
髙野大樹(撮影)
数多くのテレビドキュメンタリーで活躍。映画では『大丈夫であるように――Cocco 終わらない旅――』(08年/監督:是枝裕和)と『広河隆一 人間の戦場』(15年/監督:長谷川三郎)の撮影を山崎裕と共同で担当。本作が初のフィクションの映画作品となる。
山本浩資(照明)
1969年生まれ。代表作に『人のセックスを笑うな』(07年/監督:井口奈己)、『俺たちに明日はないッス』(08年/監督:タナダユキ)、『朱花の月』(11年/監督:河瀬直美)、『かぞくのくに』(11年/監督:ヤン・ヨンヒ)、『ニシノユキヒコの恋と冒険』(14年/監督:井口奈己)、『ドライブイン蒲生』(14年/監督:たむらまさき)、『夫婦フーフー日記』(15年/監督:前田弘二)、『永い言い訳』(16年/監督:西川美和)、『ハローグッバイ』(17年/監督:菊地健雄)、『二十六夜待ち』(17年/監督:越川道夫)など。
小宮元(録音)
代表作に、『東京大学物語』(06年/監督:江川達也)、『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』(10年/監督:錦織良成)、『冷たい熱帯魚』(10年/監督:園子温)、『指輪をはめたい』(11年/監督:岩田ユキ)、『しあわせのパン』(12年/監督:三島有紀子)、『ツナグ』(12年/監督:平川雄一朗)、『希望の国』(12年/監督:園子温)、『地獄でなぜ悪い』(13年/監督:園子温)、『もらとりあむタマ子』(13年/監督:山下敦弘)、『麦子さんと』(13年/監督:吉田恵輔)、『リアル鬼ごっこ』『映画 みんな!エスパーだよ!』(15年/監督:園子温)、『太陽』(16年/監督:入江悠)、『海辺のリア』(17年/監督:小林政広)、『勝手にふるえてろ』(17年/監督:大九明子)など。
仲前智治(美術)
1961年生まれ。岡山県出身。代表作に『スクラップ・ヘブン』(05年/監督:李相日)、『三年身籠る』(06年/監督:唯野未歩子)、『パビリオン山椒魚』(06年/監督:冨永昌敬)、『フィッシュストーリー』(09年/監督:中村義洋)、『パンドラの匣』(09年/監督:冨永昌敬)、『おにいちゃんのハナビ』(10年/監督:国本雅広)、『日々ロック』(14年/監督:入江悠)、『ロマンス』(15年/監督:タナダユキ)、『ローリング』(15年/監督:冨永昌敬)、『お父さんと伊藤さん』(16年/監督:タナダユキ)、『南瓜とマヨネーズ』(17年/監督:冨永昌敬)など。
徐賢先(美術)
代表作に、『虚しいだけ』(12年/監督:今橋貴)、『永い言い訳』(17年/監督:西川美和)、『あゝ、荒野 前篇』『あゝ、荒野 後篇』(17年/監督:岸善幸)などがある。
菊池智美(編集)
福島県出身。日本映画学校映像科卒業。アニメ映画『STAND BY ME ドラえもん』(14年/監督:八木竜一、山崎貴)の編集を宮島竜治と共同で担当。編集を手掛けた映画に『バッド・オンリー・ラヴ』(16年/監督:佐野和宏)、『心に吹く風』(17年/監督:ユン・ソクホ)などがある。
タラ・ジェイン・オニール(音楽)
1972年生まれ。シンガー・ソングライター、マルチ演奏家、画家。米シカゴ生まれ、ケンタッキー州ルイヴィルで育つ。ポスト・ハードコア・バンドの嚆矢のひとつであるロダンのベーシスト兼ヴォーカリストとして活動を開始。バンド解散後もソノラ・パイン、ファルスタッフといったバンドで活動しながら、2000年のアルバム「Peregrine」でソロデビュー。その他、多数のミュージシャンの作品に客演しながら、画家としてロンドンや東京で個展を開くなど活動は多岐に渡る。来日公演も多く、11年には二階堂和美とのコラボレーション・アルバム「タラとニカ」を制作。
西川朝子(プロデューサー)
2004年より㈱バンダイナムコアーツに在籍。代表作に『夢売るふたり』(12年/監督:西川美和)、『グッド・ストライプス』(15年/監督:岨手由貴子)、『モヒカン故郷に帰る』(16年/監督:沖田修一)、『永い言い訳』(16年/監督:西川美和)、『素敵なダイナマイトスキャンダル』(18年/監督:冨永昌敬)などがある。実写映画と並行して『ストレンヂア-無皇刃譚-』(07年/監督:安藤真裕)、『百日紅 ~Miss HOKUSAI~』(15年/監督:原恵一)等のアニメーション映画プロデュースも手掛ける。
伊藤太一(プロデューサー)
2005年、㈱AOI Pro.入社。以降劇場用映画・ドラマ制作に携わる。代表作に『永い言い訳』(16年/監督:西川美和)、『ハイヒール革命!』(16年/監督:古波津陽)、読売テレビ連続ドラマ「架空OL日記」(17年/監督:住田崇 第36回向田邦子賞・第55回ギャラクシー賞テレビ部門特別賞受賞)などがある。
北原栄治(企画プロデューサー)
1976年、愛知県出身。制作会社のディレクターを経て、是枝裕和監督作品『歩いても 歩いても』(08年)の脚本制作に参加、西川美和監督作品『ディア・ドクター』(09年)では脚本取材に協力し、以後是枝・西川監督作品に継続的に関わってきた。両監督が立ち上げた制作者集団「分福」に立ち上げから参加している。
2016年8月
是枝監督、西川監督がそれぞれの新作執筆のために神奈川県茅ヶ崎市の旅館に滞在。助手や他の分福所属のメンバーもそれに同行し自分の企画を練る時間とする。最終日の夕方、参加者たちが集いそれぞれの企画を発表し合った。そこで広瀬さんが発表したのが『夜明け』の原型となる企画であった。その場で是枝監督からゴーサインが出る。「やれ」と。この言葉がもらえると脚本に進める。待望の広瀬監督デビュウ作が動き出した。
2017年4月某日
脚本打ち合わせに参加した。既に8ヶ月ほど執筆してきた広瀬監督に、西川監督から「これはどうして」「アレはなんで」と質問が矢継ぎ早に飛ぶ。骨格そのものはこの時から完成までそう大きくは変わっていないが、設定が大きく違った。この時は、主人公が人を殺してしまい田舎に逃げてくる、という前談が冒頭にあった。青年と哲郎のそれぞれの過去をどう見せるのか、二人はどこで共鳴しどうして離別するのか。監督の試行錯誤が始まった。更に8ヶ月に渡って脚本を書き続けることとなる。師匠、プロデューサー陣、そして監督助手の私にも送って意見を聞く。西川監督と是枝監督からはそれぞれ過去の回想を入れたらどうか、父親を殺したのという設定はどうかなどの意見もあった。監督はその全てに向き合い自分の脚本を突き詰めて行く。
11月初旬
オーディションが始まる。青年役・柳楽優弥さん、哲郎役・小林薫さん、宏美役・堀内敬子さんは既に監督の希望に沿った形でのキャスティングが叶った。決まった時の監督の嬉しそうな顔は忘れられない。その他キャストは面談を通して決定していく。今回、一番大規模な募集となったのは宏美の娘・成田あさ役。約110名の面接が行われた。面接では、劇中のワンシーンを演じてもらう。再婚する母への娘の心境が垣間見える場面だが、小学一年生ほどの女の子がその複雑な心情を理解するのは容易い事ではない。多くの子が意図を理解出来ず楽しげに演じてしまうなか、高木美嘉ちゃんは何処か不服そうに演じてみせた。醸し出す凛とした雰囲気が、イメージにマッチした。
12月中旬
衣装合わせ。監督とキャストのイメージを確認し合う場でもある。経験豊富なキャストの皆さんに対して、監督は一言一言、丁寧に言葉を絞り出して思いを伝えていた。
衣装の中で特に大きなポイントであったのが、青年の衣装の変化だった。青年は最初、自分が着て来た服と作業着という少ないバリエーションの中で過ごすが、哲郎の息子・真一の部屋を与えられてから、Tシャツ、ズボン、上着…と真一の服を徐々に混ぜて行く。それは青年が真一に同化しようとする思いの進捗に重なる。髪を染めた後、庄司と海に行くシーンでは、全てが真一の服となるように段階が設計されている。ラストシーンで何を着ているべきかについては、議論が行われた。(その決着は、ぜひ本編でご確認ください!)
2018年1月10日
クランクイン。ファーストシーンを夜明けと共に撮影する。橋に到着したのは深夜3時頃。
柳楽さんが現場に入ると緊張が走った。その一挙手一投足が空気を作る。橋から身を落とす冒頭の重要なシーン。高い橋で危険を伴う為ワイヤーを使ったアクションの撮影。更には夜が明けるまでに撮りきらなければならないという時間との勝負もある。そんな一番現場が張り詰めるシーンが広瀬監督のデビュウであった。陽の光と競争しながら初日を駆け抜けた。
1月11日
哲郎の家での撮影。青年が哲郎の家に泊まるまでの二人のシーンを撮る。哲郎を演じる小林薫さんから、居間に灰皿がなくて良いのかと指摘。灰皿が無いところで吸い始めるだろうか、と。確かに。しかし哲郎はいつも居間で過ごしている訳ではない。むしろ滅多にいないから灰皿は置かないことにしていた。監督と美術部も含めて話し合う。役の生きた生理に合わないことは徹底的に追求する小林さん。この日以降、そんなやりとりが毎日のように行われた。
『夜明け』撮影現場の知られざるエピソード!この続きは劇場パンフレットにて全文掲載しています。どうぞお楽しみに!
[分福(ぶんぶく)― 福を分ける、自分の持っている福を他人に分けていくこと。]
分福は2014年設立。映画監督の是枝裕和・西川美和を中心とした制作者集団です。
映画・テレビ番組・CMなど映像作品の企画および制作、海外クルーの日本での制作・撮影のコーディネートを行ないます。現在、常駐メンバーは是枝と西川、映画監督の砂田麻美ほか、監督助手やプロデューサーなど計15人ほど。企画が始まるとフリーランスの助監督やプロデューサーも集まり、日々30人近い人間がオフィスに出入りしています。
名義上、分福は株式会社です。しかし、あえて「会社未満の会社」を目指します。基本的に給与制を取らず、作品ごとにギャランティを支払う契約を結んでいます。組織のための組織運営ではなく、あくまで「いい作品」を作るための組織づくり。作品を中心に連帯した人がゆるやかに離合集散を繰り返す── 個人の「福」が集う場所であり、その「福」をより良い創造のために分け与えていく、風通しのいい場所であり続けるための試みが、分福という風変わりな共同体の理想です。
是枝の恩師であり、テレビマンユニオンの創設者のひとりである村木良彦はこんな言葉を遺しました。
「創造は組織する」
組織があって創造が産まれるのではない。創造という行為に人が集まるのだ。
その精神を分福は実践として受け継ぎたいと思っています。
また分福は、若手を育成する場所でもありたい。
撮影所システムの崩壊後、日本映画界は現場のノウハウを継承し、蓄積していく場が大きく失われています。
そこで分福は、新しい人材がその蓄積を身につけていくための、自分たちなりの現場主義を提唱し、実践します。監督助手を経て、監督へ。企画の立ち上げ、脚本作り、編集、仕上げ、宣伝まで。すべての映画は小さな企画からはじまります。小さな企画そのものの面白さを大切に、それを映画へとしっかり育てられる新人監督を生み出したい。
広瀬奈々子は、そうやって生まれた新人監督です。
彼女の第1回作品『夜明け』は、分福の第一子のオリジナル長編映画となります。
是枝裕和